« 暑中お見舞い申し上げます | トップページ | 磐梯山への拘り »

2016年7月14日 (木)

待ち遠しい盆休みの583系あいづ

Dsc_0172
 2011/05/07 広田→会津若松 倉橋 あいづライナー3号

 盆休みまであと1ヶ月となり、12~16日に運転される583系快速あいづの切符も発売開始されましたが、瞬殺だったそうです。特にばんえつ物語と両方走る13、14日は多くの乗り鉄、撮り鉄が集まりそうですね。
 私も583系を撮るのは2011年の夏以来になります。2011年の春は震災の後、会津にもよくやくガソリンや食料が戻ってきた頃で、燃料貨物の運転終了後、583系のあいづライナーが走り始めてようやくかと感じたのを思い出します。
 
Dsc_0168
 2011/8/9 広田→会津若松 塩庭踏切 あいづライナー3号

 私の最後の磐越西線583系は8月9日の平日で、仕事帰りにまずは塩庭踏切でケツうちです。やはりこのボテットしたなんとも言えないマスクを強調したいものですね。しかし特急型ではじめてだった前面貫通路は使用されたことあるのでしょうか??

Dsc_0190
 2011/8/9 更科信号場→翁島 布藤 あいづライナー6号

 最後のカットはまたもケツうちで布藤でした。 夏の夕陽を浴びて赤いサインを残して走り去って行きました。
 
 先日の最後の485系の時に書いたように、485系は意外にお世話になっていないのですが、583系の思い出は寝台列車よりも昼間の特急です。現役の蒸気機関車も終盤期、中学生の私は北海道に行くには周遊券なので基本は急行自由席ですが、行きだけは1時間でも早く北海道に入りたくて、「みちのく」や「はつかり」といった583系の座席特急で青森まで行き、夜行の青函連絡船で函館に入るのが常でした。この狭い座席に4人座って青森までの旅はお世辞にも快適とは言えませんでしたが、北海道への想いでそんなことは忘れ、また当時の特急寝台は中学生の身分では高嶺の花でした。お金を使い果たした帰路はこの特急さえ乗れずに1日かけて「八甲田」か「十和田」で帰ってきたものでした。当時はA寝台にも近かった、幅広の583系の下段寝台に憧れていましたが、とうとう乗らずじまいでした。
 そして高度成長期に昼夜をとわず走り続けた583系に、この会津の地で再開するとは夢にも思いませんでした。あいづライナーの運用では学生達には485系のリンクライニングシートよりもワイワイできる583系のボックスシートのほうが好評だったようです。
 お盆休みが楽しみです。
 
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 

|

« 暑中お見舞い申し上げます | トップページ | 磐梯山への拘り »

磐越西線 あいづライナー」カテゴリの記事

コメント

「はつかり5号」なんて曲もありました。小学生のころ、上野駅で583系を眺めては、未知の北の果てへの憧れを抱いたものです。
485系とはまた違った風格がありますね。
お盆休みは11日にC57、1泊して12日に583系を撮影する予定です。

投稿: ナロネ21 | 2016年7月14日 (木) 21時47分

ナロネ21さま
 上野駅の哀愁は忘れられませんね。
 40年以上も昼夜走り続けた583系は高度成長期の日本の代表です。
 お盆休み会津でお会いできるかもしれませんね。

              

投稿: 堤防 | 2016年7月14日 (木) 22時25分

初めまして。のむと申します。
この夏は磐越西線へ583系を撮りに行こうと、いろんなサイトを見ていてこちらに辿り着きました。
磐越西線では撮影したことがなかったので、こちらのサイトの情報量に驚くとともに大変助かりました。
数々の写真を見ては、どこで撮ろうか今から楽しみになってきました。
さらに、只見線の素晴らしい写真を見て、掛け持ちで只見線も撮ろうと画策中です。
ありがとうございました。

投稿: のむ | 2016年7月19日 (火) 22時23分

のむさま
 お盆休みの583系はかなりの混雑が予想されます。特に磐梯山が見える時はファンが集中しますので早めに撮影地に入ることをお勧めします。只見線は朝夕が意外な幻想的な写真が撮れることもあり奥深いです。

投稿: 堤防 | 2016年7月20日 (水) 06時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 待ち遠しい盆休みの583系あいづ:

« 暑中お見舞い申し上げます | トップページ | 磐梯山への拘り »