SL現役時代のアーカイブ(中央西線その7電化前夜)
最後の中央西線は電化工事の進む73年3月に行きました。この時は中学のクラスのO君と一緒で、まずは夜行で長野に行って、中央西線と同時に電化される篠ノ井線のDD51を撮りに来ました。DD51重連の貨物の交換ですが、次に重連の交換を撮ったのは40年後の磐越西線の燃料貨物です。(一部の写真は既出です)

1973/3 篠ノ井線 DD51+DD51 特急しなの
181系のしなのは電化後も2年ぐらいは残りましたが...中央西線にはキハ91系とかも走っていたのですが、DCは全く撮ってません。

1973/3 中央西線 場所不明 D51125+D51209
架線柱が立ち架線も張られてもう電化前夜のようです。貨物はDL化されることなく電化までD51が活躍しました。

1973/3 中央西線 場所不明 D51125+D51209
D51重連の後ろ姿がよかったです。
関西本線は後補機だったので、D51重連の走った中央西線は私にとってはD51の思い出が深い鉄路です。

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コメント
場所不明とのことですが、いくつかヒントがありますね。
まず前補機重連ですので木曽福島以北。次に順光で力行区間ですから、鳥居峠以北。
塩尻から奈良井の薮原方までのどこかに絞られます。なんとなく、洗馬の日出塩方という感じもします。
(直線から左カーブの地点がなかなかないもので)
無責任な推理でスミマセン。
投稿: マイオ | 2019年3月27日 (水) 08時25分
マイオさま
コメントありがとうございます。なるほど確かに姨捨から行ったのだから塩尻の近くのはずで、電化前に複線だったのは洗馬~日出塩の区間だけで、ご推測の通りだと思います。こうやって不確かな記憶を辿るのも面白いですね。
投稿: 堤防 | 2019年3月27日 (水) 12時23分