いつかは俺も
大学時代、春休みと夏休みには必ず道東を訪れ、風連湖や春国岱近くのフィールド・イン・風露荘に泊まるのが常でした。オホーツク海の流氷の上に立つシロハヤブサを見つけた時の感動は、今でも忘れられません。
宿のオーナーだった故・高田勝さんは脱サラして根室に移住された方で、その著書『ニムオロ原野の片隅から』は夢中になって読みました。夜、ストーブを囲みながらお話を聞くたびに、「いつかは俺も」と憧れたものです。
また学生時代に放映された『北の国から』にも大きな影響を受けました。北海道の自然の厳しさと、大自然の中でログハウスに暮らす豊かさに強く惹かれたのです。
野鳥への情熱を知る友人たちは、「お前はサラリーマンにはなれない」と言い、私自身もそう思っていました。しかし現実には安定した生活を選び、なぜかサラリーマンになってしまいました。鉄道も野鳥も次第に遠ざかり、仕事に打ち込む日々が続きました。埼玉に家を建てる際にはログハウスも検討しましたが、都会ではなかなか実現できないことを知りました。50歳を過ぎた頃、すっかり都会のサラリーマンになった自分に物足りなさを感じるようになりました。しかし具体的な行動を起こすきっかけもなく、時間だけが過ぎていきました。
そんな時、リーマンショック直前の好景気で思いがけない額の業績連動ボーナスが支給されました。そして以前からインターネットで見つけて気になっていた、小川の流れる小さなログハウスを一括で購入することができたのです。
ボロボロだった内外装はすべて自分でリフォームしました。家の前に小さなシラカバの苗木を植えたのが、この写真です。今やこのシラカバは20cm以上の大木になっています。
当時は移住などまったく考えていませんでした。しかし北信の自然と暮らしの素晴らしさを知り、お隣のログハウスの買い増しを経て、17年後の一昨年、ついに移住を実現しました。田舎暮らしでは地域とのつながりも大切です。今では地区の組の役員を務めるまでになりました。
この土地を買った時には想像もしませんでしたが、標高800メートルあまりのこの地では真夏でも30度を超えることがほとんどありません。2年暮らしただけで、温暖化の影響で40度近くになる埼玉には、もう戻れない体になってしまいました。
2026/6/7 我が家 二ホンリス クリックすると大画像で見ることができます
45年前、風露荘には庭で観察された野鳥のリストが飾られていました。確か130種類以上が記録されていたと思います。そのリストを眺めながら、こんな環境で暮らせたらどんなに素晴らしいだろうと憧れたものでした。
そして今、北信の我が家もサンクチュアリとまではいかないまでも、野鳥たちが集まる自然の庭にしたいと思うようになりました。
学生時代に風露荘で抱いた「いつかは俺も」という夢は、形を変えながら少しずつ実現しているのかもしれません。
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コメント
興味深く拝読いたしました。
私の知人も数十年前に埼玉から信州に移住し、原村に土地を購入してログハウスを建て今ではすっかり地域に溶け込んでいます。彼の家に行くたびに薪ストーブの前で一杯呑みながら移住して良かったと語っています。
私もかなり彼に影響を受けログハウスは無理でしたが、数年前自宅新築時に薪ストーブを設置しました。
数年前に仕事もリタイヤした今は春は山菜採り、秋はキノコ狩り(最近は熊が心配)とストーブ用の薪づくり、普段は風景写真を撮りながらたまに『ばんえつ物語』。
時には区の役員で駆け回って、お金は無くてもこの様な生活が私にとっては幸せだと常日ごろ感じているところです。
投稿: 南信のD51 | 2026年6月 8日 (月) 08時06分
南信のD51さん
コメントありがとうございます。四季を楽しめることは素晴らしいです。
贅沢はなくても幸せ度は高い生活ですね。
北信に来られる折は、是非お寄りください。
投稿: 堤防 | 2026年6月 8日 (月) 08時35分