Nゲージレイアウト製作記⑬ 50年前の信号所を探して
空知駅のストラクチャー整備は、まず信号所の製作から始めようと思っています。しかし、意外にも当時の信号所を写した写真はほとんど見当たりません。
現役SL時代はフィルム代も高く、撮影の主役はどうしても蒸気機関車でした。そのため、信号所をはじめとする駅設備や建物はほとんど撮影しておらず、今になって「もっと記録しておけばよかった」と悔やまれます。当時は当たり前の風景だったものほど、今では貴重な資料になってしまいました。

2025/7/15 富良野駅 クリックすると大画像で見ることができます
こちらは昨年撮影した富良野駅の信号所です。立派な出発信号機とともに、かつて広大な構内を有していた頃の面影を今に伝えています。
ただ、建物自体は改修されているためか、私が再現したい1970年代の北海道の雰囲気には少々近代的過ぎる印象です。

1975/3 室蘭本線 追分 客221 D511160 クリックすると大画像で見ることができます カラー化
こちらは1975年に追分駅で撮影した、D51牽引の客車列車が発車する場面です。右手に見える2階建ての建物が、おそらく信号所ではないかと思われます。
当時は蒸気機関車ばかりに目が向いていましたが、こうして見返してみると、何気なく写り込んでいた駅設備が貴重な資料になっています。
1976/2 追分駅 クリックすると大画像で見ることができます
そして、現役蒸気機関車の火が落ちる数日前、私は追分機関区を訪れ、幸運にも信号所の中を見学させていただくことができました。
おそらく先ほどの写真に写っていた建物の入口だと思われますが、入口には「追分機関区」の表札が掲げられています。当時は何気なく撮影した一枚でしたが、今になってみると信号所の構造を知るうえでも貴重な記録になりました。
1976/2 追分駅 クリックすると大画像で見ることができます
そして最後の最後に、信号所の内部をカラーで撮影していました。今になって見返すと、自分でもよく撮っていたものだと思います。
2階では、てこを全身で操作して広い構内のポイントを切り替えている様子が写っています。これだけ大きな信号扱所ですから、追分駅構内のポイントや信号機を一括して制御していたのでしょうか。
写真の奥に写っている人物は、職員ではなく見学に来ていた一般の方だったと思います。そして、灯油ストーブの脇には長靴が干してあり、北海道の鉄道らしい生活感が伝わってきます。

1976/2 追分駅 クリックすると大画像で見ることができます
信号所2階で働く国鉄マンです。ここからは広い構内を一望でき、列車の動きやポイントの状況を確認しながら、信号や進路の取り扱いを行っていたのでしょう。
室内にはストーブが置かれていますが、石炭の本場の機関区という場所でありながら、暖房は石炭ではなく灯油ストーブが使われているようです。
こうして50年以上前の写真を見返してみると、当時は主役ではなかった信号所や駅設備が、今では模型製作のための貴重な資料になっています。細部までは分からない部分もありますが、当時の雰囲気だけは大切にしながら、空知駅の信号所を形にしていこうと思います。
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